「一人にして」が本当だった日|娘が教えてくれた心の境界線

バウンダリー
もみじ
もみじ

「一人にして」と言われたとき、本当はどう関わればよかったのか、あとから何度も考えました。

「一人にして」

泣きながら、娘がそう言って部屋にこもった。

その言葉を聞いたとき、私はどこかで
「本当は来てほしいんだよね」
そう思っていました。

なぜなら、息子がそういうタイプだったから。


「一人にして」と言いながら、来てほしい子

息子は、
「一人にして」と言って部屋に行っても、
少しすると、誰かが来て話を聞いてくれるのを待っている。

だから私は、
娘も同じだと思い込んでいました。


心配で、すぐに部屋に入ってしまった

「大丈夫?」
「どうしたの?」

泣いてうずくまっている娘に、
心配で、励ます言葉をかける。

話を聞いているつもりで、
「うんうん」と相づちを打ちながら、そばにいる。

でも、娘の反応は違いました。


「うるさい!わかってない!!」

突然、強い言葉が返ってきました。

「うるさい!」
「わかってない!!」

正直、そのときの私は、
何が“わかっていない”のか、全然ピンときていませんでした。

心配しているだけなのに。
そばにいてあげているのに。


はっきり言われて、やっと気づいた

しばらくして、娘が言いました。
「来てほしいときには言うから」
「今は、本当に一人にして」
「大丈夫だから!!」

その言葉を聞いた瞬間、
ようやく、胸に落ちました。

娘は――
本当に、一人にしてほしかったのだ。


娘が守りたかったもの

娘は、

  • 自分で気持ちを落ち着かせたかった
  • 自分で気持ちを整理したかった
  • 一人で、考えたかった

そこに、私が入る必要はなかった。
それなのに私は、

「心配だから」
「放っておけないから」

そんな自分の気持ちを理由にして、
娘の領域に踏み込んでしまっていました。


境界線は、兄弟でも違う

息子と娘。
同じ親から生まれて、同じ家で育っていても、

境界線の位置は、まったく違う。

「一人にして」の意味も、
「そっとしておいて」の距離感も、
人それぞれ。

その当たり前のことを、
私は娘から教えてもらいました。


踏み込みすぎていたのは、私だった

あの「わかってない!!」という言葉は、
私の言動に向けられたものだった。

励ましでも、共感でもなく、
「今はそこに入らないで」というサインだったのだと思います。


娘へ

わかってなくて、ごめんね。

境界線の位置、
ちゃんと言葉にして教えてくれて、ありがとう。

あなたが「一人で大丈夫」と言ったことを、
私は信じられるようになりたい。


おわりに

「一人にして」と言われると、
親は不安になります。

でもそれは、拒絶ではなく、
自分を大切にしようとする力なのかもしれません。

境界線は、冷たさじゃない。
信頼なのだと、娘が教えてくれました。


あとがき:気づけば、境界線を越えていたのは私でした

今回の出来事を振り返っているうちに、ふと、胸に引っかかることがありました。
「もしかして、私……今まで何度も、娘の境界線を踏み越えていたのかも」と。

「心配だから」「あなたのためだから」 そんな優しい言葉を盾にして、娘が自分で解決すべき問題や、大切にすべき感情のスペースに、土足で上がり込んでしまっていたのかもしれません。

子どもと「もめる」とき。 そこには必ずといっていいほど、私が良かれと思って踏み込みすぎた「境界線」がありました。

「バウンダリー(境界線)」という言葉を知ってから、日常の景色が少しずつ違って見えています。 大切なのは、私が先回りして石を取り除くことではなく、娘が自分の足で歩くのを、信じて境界線の外側で見守ること。

まだまだ、つい口が出そうになって「おっと……」と飲み込む毎日ですが(苦笑)。
娘が教えてくれたこの「心のしきり」を、これからも大切に育てていきたいなと思います。


子どもに「一人にして」と言われたとき、
どう受け取ればいいのか迷うことがあります。

この記事で感じた違和感や気づきは、
心理学でいう「バウンダリー(心の境界線)」という考え方と
深くつながっていました。

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